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畳製作|株式会社金井畳店: 金井 功

植物の上で生活する日本文化 生きる敷物-畳-
古きよき町並みが多く残っている東京・下町に、幼い頃から「四代目」と呼ばれ畳職人になることを決めていた生粋の江戸っ子がいる。それが株式会社金井畳店の四代目である金井功さんだ。彼が作る畳は、時間とともに成長し、深い表情を魅せる。
     

小さい頃から四代目

東京都台東区浅草橋にある創業明治44年 株式会社金井畳店の四代目として生まれた金井功さんは、幼稚園児から高校生まで、将来の夢は一貫して「四代目」という根っからの畳職人。
物心がついた頃から、家族は功さんを四代目と呼び、自分も家を継ぐことに疑問を持たなかったという。父の背中を見ながら、すくすくと育った功さんの四代目畳職人の夢はいつしか目標に変わっていた。
商業高校を選んだ理由も、経理を学ぶため。「家を継ぐため」である。

 

畳製作|株式会社金井畳店: 金井 功

     

畳製作|株式会社金井畳店

 

全寮制の訓練校時代

高校卒業後、功さんは3年間、埼玉県にある全寮制の畳高等職業訓練校に通った。
自分で選んだ道とはいえ、入学した1年間は自由な時間がとれず、外出は制限され、朝起きたら必ず点呼をとる生活が当時は辛かったそうだ。しかし、友達と互いに切磋琢磨できる環境が心地よく、2年生では福島県会津の畳屋に、住み込みで修行、稲ワラ畳床づくり(畳の芯になる部分)の勉強をするなど充実していたと話す。

     

四畳半の職人部屋

訓練校卒業後、功さんは家業に入った。
帰ってきたからには自分の部屋に戻れると考えていたが、彼を待っていたのは、厳しい職人の世界だった。他の職人さんと同じ様に、与えられたのは、四畳半の窓もない部屋だけ。そこで寝泊まりの生活をし、畳の製作に励んだ。
また兄弟子もいて新入りだった功さんは、実家にも関わらずお風呂に入ることも出来なかった。銭湯に行くお金もなく、雨で身体を洗っていたという。
しかし、厳しい中でも学ぶことは多く、ひたすら畳と向き合い、製作する毎日は畳職人としての功さんを成長させていった。

 

畳製作|株式会社金井畳店

     

畳製作例

 

生きる敷物

畳は生きる敷物と話す功さん。
人間のように呼吸をし、環境によって変化する。またそうすることで、四季がある日本の気候に、適している敷物であるという。それは何故か。これには、畳に使われるイグサが大きく関係している。
 畳の表面はイグサという植物でできていて、空気中の有害物質を吸着したり、余分な湿度を吸収し、外気の状況によっては、蓄えた湿度を放出する呼吸運動を行っているのだ。これが、「畳が生きている」と言われる所以の一つである。
 また、置かれる環境によって魅せる表情も違うということもそうだ。それは、畳がある場所や、気候によっても変化するが、一番は人の脂であるといわれる。畳というのは、適度に人の足の脂を欲する。人が畳を歩けば歩くほど、畳の色は鮮やかな黄金に輝くのだ。このように、使われ方や気候によって、畳は一つとして同じ表情にはならない、つまり畳は育てることができるのだ。この二つが「生きる敷物」言われる、また畳の魅力である。

     

生きるか死ぬかの世界

ここで、畳を語るには避けては通れないイグサ生産農家についてご紹介していく。
畳業界は今、日本人の畳離れが非常に深刻な問題として上がっているが、それよりも深刻と言われているのが国産のイグサ生産数が大幅に減少しているということだ。イグサがあるからこそ、畳が生産できるのだが、そのイグサがないとなったら元も子もない。
しかし、私たちの身の回りではイグサの生産数が減少し、畳が作れないというニュースは耳に入ってこない。それもそのはず、日本の家庭にある畳の大半は中国産のイグサによって作られているからだ。
日本だと熊本がイグサの産地としてあげられるが、日本のイグサ生産農家の畳に使用できる基準はとても厳しい。長さ・太さ・色調など一定の基準で選び抜かれたものでしか、消費者の元へは届かないのだ。また、イグサは品質管理が難しく、農家さんが働く時間は朝の三時から休憩を入れても、気候によって夜遅くまで作業をすることが多い。
この過酷な仕事を表す言葉が代々伝えられている。それが「生きるか(い草切るか)死ぬか。」どれだけ、この仕事が大変であるかが分かる。また、畳を一つ作るのにイグサを使用する量は、4000~7000本。これだけの量、すべてが厳選されているものであると思うと、イグサ生産農家のプロ意識には驚かされる。だからこそ、日本の畳は質が良いと評判なのだ。中国産のものと比べてみれば、一目瞭然である。
日本の文化である畳の質は、イグサ生産農家の方の支えもあって守られているのだ。

 

畳製作|株式会社金井畳店
つぶれた中国産のイグサ(右)に対して、国産(左)は丸みがある。空気をたくさん吸うため、保湿性に優れている。

     

畳製作|株式会社金井畳店: 金井 功

 

受け継がれる老舗の技

三代目である功さんの父、稔さんは、京都の老舗「池内宇一郎商店」で修行していた。京都御所に出入りするほどの腕前は語らずしても分かるほど。
しかし、池内宇一郎商店は跡継ぎがいなかったため、現在は廃業されました。このように、畳の世界も現代には厳しい状況であることが分かる。
だが、畳に使われる伝統の技は場所を変え、確かに受け継がれている。それが三代目、稔さんによってだ。また、その技を継ぐ功さんも四代目として次の世代に受け継いでいく使命を背負っている。
その技が実際に使われているのが東京都豊島区巣鴨の高岩寺と東京都港区高輪の泉岳寺などである。日本の歴史的文化の象徴である社寺は、今も技を受け継ぐ職人によって守られている。

     

畳の可能性

功さんにとって畳職人とは、と尋ねると「ファンに応えられる、売れる畳より喜ばれる畳を提供できること」と話す。畳はお客さんと会話をし、作り上げていくものという功さんらしい、畳と真摯に向き合っているからこそ出る言葉だ。
そして、これからの職人は作るだけではなく、人々に良さを伝えていかなくてはとも話した。
「まだ、畳の良さを知らない人はたくさんいる。その中で、ワークショップなど参加型のイベントを通し、実際に触れて感じてほしい」という。また、「畳の概念を外して、様々な可能性を広げていきたい。例えば小さい四角の畳を作って、コースターなど、色んな形があっていいと思います。」と畳の可能性を示してくれた。

 

畳製作|株式会社金井畳店: 金井 功

     

畳金井 功さん家族
惚れ込んだ奥様と最愛の子供達は、功さんの一番のサポーターであり、理解者である。

 

三惚れ精神

功さんにとって、畳とは「惚れぬく仕事」。
日本で生まれた畳は、四季に適応した植物の上で生活する日本の文化である。この文化を生んだ先任を尊敬しているからこそ、この仕事に惚れている功さんだが、昔からあるモノをもう一度見直していきたいという。
「日本の畳は良いものに違いないが、温故知新という言葉があるように新たな価値や知識を見出して自分のものにしたい」と話した。

最後に、金井畳店が業と共に代々受け継いできた家訓を紹介したい。
[三惚れ精神]
1.畳に惚れ込む。
2.妻に惚れ込む.。
3.町に惚れ込む。

仕事だけではなく、自分の周りにある大切なモノも愛する。だからこそ、より深い表情を魅せる畳が功さんの手から作り出せるのだろう。

    文:近藤 沙紀

作り手紹介

畳製作|株式会社金井畳店: 金井 功

金井 功さん

東京都台東区で100年越の歴史を持つ老舗畳屋の4代目。幼い頃から将来の夢は「四代目」と決めていた。埼玉県の畳高等職業訓練校に通い、家業に入る。畳の原料であるイグサの農家研修や、畳の良さや可能性を伝えるためのワークショップを開催するなど、活動は多岐にわたる。代々、金井畳店に受け継がれている三惚れ精神、『1.畳に惚れ込む。2.妻に惚れ込む。
3.町に惚れ込む。』を今日も守り、日々畳の製作に励む。
畳製作一級技能士,一級技能試験 金賞 受賞,職業訓練指導員。

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泉岳寺(東京都港区)

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高岩寺(東京都豊島区)

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宝仙寺(東京都中野区)

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